【妖怪系統図】二面女【第5回】

久しぶりの妖怪系統図です。
今回は映画にしか登場しない妖怪「二面女(にめんじょ)」についての研究です。

初出は大映の『妖怪大戦争』です。

二面女(1968)_01
表の顔はこのように美人なのですが。。。

二面女(1968)_02
振り向くとこの通り。醜い顔が後頭部に付いています

二面女(1968)_03

本作では、囚われた子供達を救出するなど、非常に子供想いの妖怪として描かれています。
判り難いですが、裏の顔にある長い鼻の先端は、左手になっています。

これを踏襲する形で映像化したのが、トワーニの映画『さくや妖怪伝』です。
二面女(2000)
こちらでは箱根に棲む善玉妖怪のひとりとして登場し、笛を吹いています。


さて、これら二面女は、映画の為に創作された妖怪ですが、何の根拠も無くこのデザインになった訳ではありません。当然「元ネタ」が隠されているのです。

現在、最も確認し易いのが山東京伝『善知安方忠義伝 前編』です。
(『山東京伝全集 <第16巻> 読本2』、などに所収)
平将門の残党狩りに下総まで下ってきた大宅太郎光圀が、化け物屋敷と噂される相馬の古内裏(がしゃどくろで有名な歌川国芳『相馬の古内裏』のモデルも同書の近い場面)に潜入したところ、化け物達が現れる場面の挿絵が下図です。
二面女の裏の顔_善知安方忠義伝(org)
左下に潜む巻紙の妖怪の顔が、二面女の裏の顔と同じです。

見覚えのある絵だったのでボソッと呟くと、氷厘亭氷泉(こおりんていひょーせん)さんからヒントが。
782700382.jpg
京伝、こいつ出すの好きだよ

そこで精査してみると、山東京では無く、弟の山東京『高尾丸剣之稲妻 後編』に居ました、こいつ。
二面女の裏の顔_高尾丸剣之稲妻
よく見ると『善知安方忠義伝』の画面左の奴らを引き連れています。

ところで、山東さんが描いたこいつらの元ネタは無いのでしょうか?
あるんです。親切にも『善知安方忠義伝』の冒頭に、初代豊国による挿絵の参考文献が書いてあるのです。

という事で、大岡春卜『画巧潜覧』を見てみると。。。
二面女の裏の顔_画巧潜覧
所謂『化物草紙』の模写ですが、画面右上には右手を翳す巻紙の妖怪が居ますが、鼻は長くありません。というか寧ろ鼻がありません!
更に画面右下を見ると、左腕に髑髏を吊り下げた老人の妖怪が居ます。

初代豊国は、この二つの妖怪を掛け合わせたハイブリット妖怪として、鼻の長い巻紙の妖怪を描いたと考えられます。
デザインの変遷は下図のようになります。
二面女_変遷_01

このように、絵師やデザイナーの創意を一身に受けながら生まれたのが、二面女という妖怪だったのです。
この流れを纏めた妖怪系統図は、次のようになります。
妖怪系統図_二面女

今回は、歴史の浅い「映画のみに登場する妖怪」について調べたのですが、その裏には長い歴史が隠されていました。
「創作妖怪だから。。。」と毛嫌いしたり差別するのでは無く、彼ら(彼女ら)に対しても目を向ける事が必要だと感じました。
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【妖怪系統図】のびあがり【第4回】

こんばんは、八代市立博物館の妖怪展を見に行けなかった霹靂火です

。。。さて、残念がるのは終わりにして、【妖怪系統図】です。
今回のテーマは「のびあがり」です。

図はTwitterで挙げていますが、ここではいつも通り解説します。

のびあがりの初出は、柳田國男の『民間伝承』(1938)第三十七号「妖怪名彙」(四)です。「伸上り」として、次のようにあります。

〈伸び上がり、見るほど高くなって行くという化け物。川獺(かわうそ)が化けるのだという。地上一尺ぐらいの処を蹴るとよいといい、又目をそらすと見えなくなるともいう(北宇和)。こういう種類の妖怪の、物をいったという話はかつて伝わっていない。出て来るのではなくて、人が見るのである。

愛媛県北宇和郡の「伸上り」は、川獺が化けるようです。

『綜合日本民俗語彙』(1956)では「伸上がり」として、見るほど高く上がる怪で獺が化けたものという。地上一尺位のところを蹴り、目をそらすと見えなくなる、とあり解説はほぼ同じです。

また、徳島県の「伸上り」については、武田明の『祖谷山民俗誌』(1955)に、見越しの類。竹藪にいて、はじめ一尺程だが、次第に伸びあがって竹と同じ背丈になる、とあります。

こういった伝承から、水木しげるは漫画『ゲゲゲの鬼太郎』(1966)「吸血木」において、透明な身体の前方に一つ眼があり、沢山の手が生えた「のびあがり」を登場させます。
のびあがり(マガジン版『ゲゲゲの鬼太郎』)
実はコレ、地上の生物とは違った発達を遂げた地下生物らしいです。
大きな目で催眠作用を起こさせ、眠らせた隙に「吸血木」の種を植え付けます。
(吸血木は『墓場鬼太郎』時代からの水木御大の持ちネタ)
作中では、地元(長野県奥山村という架空の村)の伝承にある「のびあがり」という妖怪の名前で呼んでいるだけのようです。

因みにこの「のびあがり」は、鬼太郎の体電池で動けなくなった隙に吸血木の種を植え付けられ、逆に木になってしまいます。

アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第1期(1968)でも、ほぼ原作通りに描かれます。
のびあがり(アニメ1期)


また、柳田や武田の資料から、水木しげるの『妖怪なんでも入門』(1974)では、竹藪の中にモヤモヤとしたオタマジャクシ状のものが描かれています。
のびあがり(『妖怪なんでも入門』)
〈のびあがりは、なんの理由もなく、無言でとつぜんあらわれる。
 はじめは一メートルたらずの小坊主だが、見あげれば見あげるほど高くなり、ついにはとほうもなく背の高い坊主になる。
 その姿を下へ下へと見おろせば、大きくならないという。
 また、目をそらしたり、「見あげ入道、見こした」などとじゅ文(もん)をとなえると、消えるという。
 むかし、日本のいたるところにあらわれたらしい。


。。。「妖怪名彙」と『祖谷山民俗誌』の焼き直しですが、独創的過ぎます

「妖怪名彙」の〈こういう種類の妖怪の、物をいったという話はかつて伝わっていない〉という一文は、〈無言でとつぜんあらわれる〉と意訳されています。
『祖谷山民俗誌』の〈はじめ一尺程だが〉がイメージし難いと思ったのか〈はじめは一メートルたらずの小坊主だが〉と尺貫法をメートル法に(適当に)変えています
〈見越しの類〉とあるからか、坊主姿の妖怪とされ、〈「見あげ入道、見こした」などとじゅ文をとなえると、消える〉と対処法が追加されています

水木御大は『水木しげるの続妖怪事典』(1984)において絵を変更します。
山の端から黒い人形の上半身が身を乗り出す姿が描かれています。
のびあがり(『水木しげるの続妖怪事典』)
〈見れば見るほど高くなっていく妖怪を、愛媛県では“のびあがり”という(全国に出る。のびあがり入道ともいう。)。地元の人はこれを、獺が化けたものであるとして、地上三十センチくらいのところを蹴るか、目をそらせば消えるといっている。
 しかしどういうものか、こののびあがりの類は大抵モノが化けたようにいわれている。愛媛のように、それを獺というところもあれば、狸のせいにするところも多く、阿波あたりになるとそれこそ、なんでも狸だ。〉(後略)
説明の適当成分が消え、かなり原文に近い要約になっています。

2011.10.24追記
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また、岩井宏實の『暮しの中の妖怪たち』(1990)では、『水木しげるの続妖怪事典』の冒頭をそのまま引用して、見上げ入道や見越し入道と列記しています。
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さて、水木御大の創造を華麗にスルー他所に、『伊予の民俗』では「伸び上り(北宇和郡下波村)」、「のびあがり(西海町、宇和島市)」、「カワソののびあがり(南宇和郡内海村)」と、表記はまちまちですが、愛媛県の川獺が化けた「のびあがり」が寄稿されます。
つられて上を向くと首を掴んで殺す(下波村)とか、あまり見上げると喉へ噛みつくこともある(宇和島市)など怖ろしい反面、見下げれば次第に小さくなり力を失う「見下ろした」と怒鳴る(共に西海町)、「見越した」と言うとカワソは小さくなり何処かへ消え失せる(内海村)などと対処法もいくつか語られています。
見越しの類なので、「見越した」系の呪文に弱いようです。
水木御大の追加した対処法も、ほぼ正解のようです。

また、土居郷土誌発行委員会の『伊予の民俗』(1978)通巻二十七号「愛媛県東宇和郡城川町土居の民俗」には、「ノビアガリ」として、土居のアカハゲという所の大木にいた化け物について記されています。こちらは顔はつるつるで、始めは奇妙な丸い大石のような物で手と足はあるようでないという姿で、見つめるとだんだん細長く大きくなり、見上げれば見上げるほど大きくなるそうです。誰言うとなくノビアガリといって恐れたという辺りが妖怪っぽくて個人的には好きです

武田明の『香川の民俗』(1990)通巻52号「東祖谷聞書」には、朧月夜に上野仙蔵が汐を背負って呼岡という所に通りかかったとき、前方に大きな黒いものが倒れかかるようになった、とあります。仙蔵が声をかけると自分の方にのびあがって倒れかかってきたので、仙蔵は家へ逃げましたが、これが「のびあがり」だそうです。

松谷みよ子の『現代民話考』3(2003)には「ノビアガリ」として、次のようにあります。

神奈川県丹沢。一九八八年ごろのことという。利根川さん夫婦は友人と三人、釣りにでも行こうかと丹沢へドライブした。広沢寺(こうたくじ)温泉の素掘りのトンネルへ差しかかったのは、もう真夜中であった。街灯もないトンネルに入ろうとした途端、トンネルの脇からアラジンと魔法のランプのように煙が吹き上がったかと思ったら、人の形になった。そのときはもう夜中の一時をすぎていたが、利根川さんは思わず、「あれっ、止めてくれ」とさけんだ。その途端、運転していた友人がアクセルを踏んだから車は急進し、トンネルをくぐりぬけた。それからつきあたりまで行って釣りをしたが成果はなく、帰途についた。そしてまた素掘りのトンネルをくぐり抜けたとき、同じ場所からまた煙が出て、あっという間に人の形になった。頭があって肩があって、もう、どんどん形成していく。シューッとのびあがっていく。「止まって!」といったけれど止まらないで車は速度をあげ下まで降りてしまった。「あの煙、見えなかったのか」確認すると、夫人の優子さんもその友人も、見たよ、判っている、っていう。「でも私、主人の性格知っているけど、ここで車止めたら、降りていって確かめたがるにきまってます。もう怖くて、友達とふたり見なかったことにして車、飛ばしたんです」広沢寺温泉は沸かし湯で、だから源泉からもくもく湯気が出ている風景はあるはずもなく、となるとあの立ち上った煙は何なのか、もしかしてノビアガリという妖怪なのかと、利根川さんはいう。
 回答者・松谷みよ子(東京都在住)〉

また、ドラマ『月曜ドラマランド ゲゲゲの鬼太郎』(1985)では、ぬらりひょん配下の妖怪として小学校の体育館に現れます。
のびあがり(月曜ドラマランド)
鬼太郎に「のびあがりだな、見上げ入道見越した!」と叫ばれて退散しています。

しかし、終盤にぬらりひょんの部下たちが倒されて窮地に陥ると、ぬらりひょんの頭部がいきなり膨らみ始め、のびあがりを分離します(!)
ぬらりひょんの頭部から分離する(!)のびあがり
なんとここでは「のびあがりはぬらりひょんの一部」だったのです。

因みに分離したのびあがりは見上げ入道に姿を変え、「秘法霊界流し」で鬼太郎のみを霊界へ送り込んでいます。
見上げ入道になったのびあがりw

アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第3期(1986)では、地中深くに封じ込められていたが、2万年ぶりに復活したとされています。原作通り吸血木の種を人間に飲ませます。木を伐りまくる人間に怒り、木に変えて地上を征服しようとしましたが、地底の地震の巣とのびあがりの棲処をぬりかべが穴を開けてつないだ為、襲ってきたマグマで燃えてしまいます。
のびあがり(アニメ3期)

アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第4期(1998)では、落下した隕石から出現しました。
のびあがり(アニメ4期)
村の青年の「山の安全を守り、村の人々を助けたい」という強い意志がのびあがりと合体し、村を襲う雪崩から人々を守る為、村の人々を赤い木に変えました
最後は家族を守る為に弱点である日光の中に飛び出し、水蒸気となって粉々に砕け散りました。(合掌。)

アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第5期(2007)では、地中に棲む妖怪として登場します。
のびあがり(アニメ5期)
妖怪横丁の銭湯「大風呂屋敷」の砂風呂を作るために集めた砂に混じっていました。「眠り花(アニメ1期にも登場)」の花粉で相手を眠らせて種を飲ませ、「吸血木」にしてしまいます。
吸血木から生気を吸って成長し、空を覆うほどの巨大な姿になりました。
ここでは大した野望があるわけではなく、生気を吸って大きくなるのを嬉しがる、子供のような性格の妖怪として描かれています。

以上より、「のびあがり」には、次の4つのタイプがあると判ります。
A.川獺タイプ
B.入道タイプ
C.地下生物タイプ
D.不定形タイプ

【妖怪系統図】のびあがり_111024

今回は、水木御大寄りになり過ぎたかなと思いますが、それだけ影響が大きいのも事実です。
Twitterで「おおまかな歴史像が完全に共有される段階に達してないから面白いし、たのしみの範囲も多い。」という意見がありましたが、私は(飽くまで趣味の範囲で)妖怪系統図を今後もまとめて、絵解きの研究を続けます。
妖怪好きには、それぞれの楽しみ方があると思うので、「こう言っているヤツも居るw」くらいの感じで読んでいただければ嬉しいです

それでは
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参考サイト・参考文献(順不同):
国際日本文化研究センター | 怪異・妖怪伝承データベース
柳田國男『妖怪談義』「妖怪名彙」(1977)
水木しげる『水木しげるの続妖怪事典』(1984)
岩井宏實『暮しの中の妖怪たち』(1990)
水木しげる『図説 日本妖怪大全』(1994)
千葉幹夫『全国妖怪事典』(1995)
村上健司『妖怪事典』(2000)
水木しげる『水木しげるオフィシャルBOX 世界妖怪遺産』(2002)
水木しげる『水木しげる妖怪大百科』(2004)
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【妖怪系統図】ぬりぼう【第3回】改訂版

こんにちは、妖怪バスター。。。もとい妖怪研究家の霹靂火です

今回のテーマは、長崎県壱岐市の妖怪「ぬりぼう(塗坊)」です。
昨日、同じテーマでまとめましたが、「妖怪尽くし」様からの情報で、作家・化野燐先生の論考の過去ログを拝見したところ、時系列に大きな相違がある為、旧原稿は追記に移動しました。

「ぬりぼう」が文献に初めて登場するのは1934年(昭和9)山口麻太郎の『壱岐島民俗誌』です。
(ケ)「其の他」の項目に名称のみ判った妖怪の中に「ヌリ棒」とあります。
初出の段階では、表記に「棒」とあり、「妖怪現象(コト)」なのか「妖怪(モノ)」なのか判然としません。

3年後、著者は採話したようで『続壱岐方言集』(1937)で「ヌリボー」として次のように記しています。
〈妖怪の一種といふ。夜間道側の山より突き出すといふ。出る場所も特定の云ひ傳へがある。
。。。現在判明している「ぬりぼう」の原典はこの『続壱岐方言集』です。柳田國男の「妖怪名彙」村上健司の『妖怪事典』千葉幹夫の『全国妖怪事典』など、現行の妖怪事典の殆どが本書を引用しています。

柳田國男の『民間伝承』(1938)第三十七号「妖怪名彙」(四)では「ヌリボウ」として〈出る場處も定まり色々の言ひ傳へがある〉となり、「出る場所について特定の言い伝えがある」「出る場所は特定しており、様々な言い伝えがある」と変化しています。
柳田が「ヌリカベ」の項目内に「ヌリボウ」を列記したことから、後の誤解を生みます。

また、妖怪画の初出は、1969年の『少年画報』「水木しげる先生の日本妖怪カラー大画報」2の「塗坊」です。


ぬりぼう
この人間の内臓のような“塗坊”は、むかし長崎県の壱岐島に出た妖怪で、夜間に、道路側の山から、つきでてくるのだという。だいたい、でる場所もきまっており、壱岐島には、いまでも、いろいろないいつたえがのこっている。〉

ここで、「ヌリボウ(ヌリ棒)」が「塗坊」と改称されています。
小さな変化かもしれませんが、「棒」と「坊」では大違い。
ここで「妖怪現象(コト)」ではなく「妖怪(モノ)」であることが強く連想されるようになります。

更に、説明自体は、ほぼ『続壱岐方言集』や「妖怪名彙」の引用ですが、「画報」なので、絵を説明するために〈この人間の内臓のような〉という表現が加わりますが、これが「ぬりぼう」の分裂を呼びます。
絵もサイケな感じでグロテスクです

そして『水木しげる妖怪画集』(1970)では、サイケな「塗坊」の絵を採用して、次のようにあります。
人間の内臓のような「塗坊」は、昔、長崎県の壱岐島に出た妖怪で、夜明けに道路側の山から、つき出てくるのだという。だいたいでる場所もきまっており、壱岐の島には、いまでも、いろいろないいつたえが残っている。〉

ここでは、画集なので絵を示す「この」が抜け落ちていますが、解説はさほど変化していません。
但し、出現する時間帯が「夜間」から「夜明け」に変わっている点に、注目すべきです。

こうして、水木御大による「内臓タイプ」の塗坊を見て、佐藤有文も『日本妖怪図鑑』(1972)において参考にします。
「画報」を参考にする時に、扉絵の「ひょうすべ」の〈九州の長崎県や宮崎県にでる妖怪で〉(後略)という書き出しを見て取り違えたのか、宮崎県の妖怪(!)として紹介されており、挿絵には梅干し状の物体が4つほど繋がったようなモノが描かれており、次のようにあります。

〈山の奥にいる妖怪で、はじめは小さい黒いかたまりだが、人間が近づくと急に大きくふくれあがる。人間の内臓をつなぎあわせたようなおそろしい姿に変化するのだ。そして人間のはらわたをえぐって内臓をたべるという。〉

民間伝承において、私の知る限りでは内臓を貪り食うような猟奇的な妖怪が、地方の島嶼部の伝承として伝わっていたとは(在り得ないことではないが)考え難い。恐らく、受けを狙って大袈裟に書いたのではないだろうか?

そして、水木御大自身も、「塗坊」の再録を行なっている。児童書『妖怪なんでも入門』において、「ぬりぼう」として次のように記しました。尚、表記が「塗坊」から「ぬりぼう」に変わっているのは、『少年画報』掲載時よりターゲットとなる年齢層が下がったためと考えられます。

〈むかし、壱岐の島(長崎県)で、夜明けに、人間の内臓のようなぬりぼうが、道路がわの山からあらわれでてきたという。
 出る場所もだいたいきまっており、壱岐の島には、いまでも、いろいろないいつたえが残っている。〉

一方、柳田が「妖怪名彙」(四)で「ヌリカベ」の項目に「ヌリボウ」を含めましたが、それを『宮城縣史』第二十一巻では「ヌリボウ」として引用しています。

ヌリカベ(ヌリボウ)夜道を歩いていると、急に行く手が壁になり、前に進めなくなるのをいう。棒をもって下を払うと消えるが、上の方を払っても消えないという。(筑前遠賀郡海岸部・壱岐島地方)〉

ここでは完全に「ヌリカベ」と「ヌリボウ」が混同し、同一の妖怪であるかのように紹介されています。
恰も「伝言ゲーム」のように、分裂と増殖を繰り返していますね。

更に、この混同を受けて水木御大の『水木しげるの妖怪絵文庫』(1976)では、絵と解説が一新され、オタマジャクシ状の煙に人の顔と思しき表現のある妖怪が描かれています。名前も元の「塗坊」に戻ります。

塗坊
〈長崎県の壱岐島などによく出た妖怪で、山の崖のようなところからヌッと現れたりする。棒切れなどではらったり、石に腰かけたり、煙草を一服したりすると消えるというから〈塗壁〉と似たところがあるが、この〈塗坊〉のほうは形がはっきりしない。〉(後略)

これを追い掛ける形で、佐藤有文の『妖怪大全科』(1980)にも「ぬりぼう」が登場します。

ぬりぼう_1980

〈登山の途中で、ふと山頂を見あげると、まっ黒いドロドロしたものが、空にひろがっていく。これが妖怪《ぬりぼう》なのだ。この妖怪は、長崎県壱岐地方にでる。〉

再び、水木御大の妖怪画に影響を受け、顔面表現のある黒い煙が、人形の黒い煙にアレンジされた可能性は高いようです。

時代が平成に変わっても、「ヌリカベ」=「ヌリボウ」説は解消されず、岩井宏實の『暮しの中の妖怪たち』(1990)では、「塗り坊」として、次のようにあります。

〈夜道を歩いていると山の端などから突き出てきて、行く手に壁のように立ちはだかる〉

以上より、「ぬりぼう」には3つのパターンがあると判ります。
 A.不定形タイプ
 B.内臓タイプ
 C.壁タイプ

【妖怪系統図】ぬりぼう_111019


今回の研究で、妖怪の名称は妖怪の歴史そのものであることと、それぞれの時代背景によって妖怪は変化し、反復再生産を続けることを再認識しました。

偶々、『壱岐島民俗誌』に「ヌリ棒」とあるのを見て(普通のヒトはそんな本は読まない)、「何故、そして何時、表記が変わったのだろう」と感じた事から調べ始めましたが、「特定の言い伝えがある」などと思わせぶりに書いておきながら、実際には伝承が失われているという珍しい妖怪でした
まぁ、現在知られていないだけで、過去に存在したが「消滅」した妖怪は、恐らくゴマンと居る筈ですが。。。

以上、妖怪研究で充電中の霹靂火でした
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参考サイト・参考文献(順不同):
化野燐『妖異博物誌』其の八「ヌリボー」の増殖と変容
山口麻太郎『壱岐島民俗誌』(1934)
山口麻太郎『続壱岐方言集』(1937)
柳田國男『妖怪談義』「妖怪名彙」(1977)
佐藤有文『妖怪大全科』(1980)
岩井宏實『暮しの中の妖怪たち』(1990)
水木しげる『図説 日本妖怪大全』(1994)
千葉幹夫『全国妖怪事典』(1995)
村上健司『妖怪事典』(2000)
水木しげる『水木しげるオフィシャルBOX 世界妖怪遺産』(2002)
水木しげる『水木しげる妖怪大百科』(2004)
---

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【妖怪系統図】旧鼠【第2回】

地獄の釜の蓋が開いたようですね霹靂火です
前回(7月11日)も取り上げた、鼠妖怪「旧鼠(きゅうそ)」の妖怪系統図です。

旧鼠が文献に初めて登場するのは、明和9年(1772)神沢杜口の『翁草』巻五十六です。
夜中に燈火が消える怪異が続くので、調べてみると大きな年を経た鼠が、夜な夜な油を舐めていた。
猫をけしかけても逆に猫を食い殺してしまう為、「逸物の猫」を探し求めた。
「窮鼠猫を噛む」の諺のようであったが、最後には焦れた旧鼠が逸物の猫に食い殺されている。

さて、旧鼠の姿が描かれるのは、桃山人の『絵本百物語』(1841)です。
旧鼠(『絵本百物語』)
 ①大和の信貴(奈良県信貴山)において、三毛の鼠が猫を喰う
 ②出羽(山形県・秋田県)において、鼠が5匹の仔猫を育てた
この相反する事例を載せた為、現代の妖怪研究では桃山人が「猫を喰う鼠」を描いたのか、それとも「猫を育てる鼠」を描いたのか、絵を見ただけでは判断できないという事態に陥ることになります。

しかし、桃山人が鳥山石燕に近い時代の人物で、絵解きを意識していた点を踏まえれば、自ずと答えに辿り着くことができます。

 ・縁側の造りは「切目縁(きりめえん)」→庭木は「桐(キリ)」
 ・「桐」は嫁入り道具の箪笥の材料であり、女児の息災を祈願して植える
 ・「雨戸(あまど)」が描かれているが、「あま(尼)」なら「女児」の蔑称
 ・「籠」とは「遊女」の隠語
 ・「猫」とは「(同性愛における)女役」の隠語
 ・「鼠」とは「私娼」の隠語
 ・旧鼠は立ち上がっているが、「タチ(立ち、太刀)」とは「(同性愛における)男役」の隠語
 ・「喰う」とは「性行為」の隠語
 ・桐は2枝あるが、「錐(きり)」と書けば「男性器」の隠語である(女性同士で愛し合うための道具?)
 ・猫は「斑(ぶち)」があるが、「斑にする」とは「猫糞する」ことを表す

以上の絵解きから、この絵は「猫を喰う鼠」を描いていることが判ります。
(旧鼠は女性同性愛者の隠喩なので、性別はメス♀)

更に時代が下り、水木しげるの漫画『鬼太郎国盗り物語』(1991)「ドブねずみ、大王あらわるの巻」「旧鼠王」として登場します。
旧鼠王
地下の洞窟世界に棲むドブネズミの王で、長い尻尾は鉄扉に穴をあけるほどの怪力で、先端には毒もあります。
ガイコツベビーと結託したねずみ男の地上乗っ取り作戦の提案を受け、ねずみ男を使って猫娘を始めとする猫妖怪達を無力化する。
更に鬼太郎を攫い、その体に自分の片目や体毛を移植することで、ネズミに変えてしまった。
その後ドブネズミを率いて東京を占拠し。「抵抗すればペスト菌を撒く」と脅しをかけて人間を追い遣り、その隙に日本銀行から大量の金を奪って地下に戻ろうとしました。これは、所詮自分の力では人類に勝てないと見越した上での計算ずくの行動だったが、実は前もって毒娘に吹き込まれていたことのようです。
最後は裏切った毒娘にネコイラズを飲まされて絶命しました。

ここで注目すべき点は、旧鼠の性別がオス♂に変わっていることです。
この性転換は、現代の旧鼠達に受け継がれ、以後オス♂鼠の妖怪として登場するようになります。

1996年のアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第4期103話「化けネズミ!妖怪旧鼠」では、ガスを浴びせて相手を鼠に変える能力があり、ネコ娘を「ネズミ娘」に変えて街をパニックに陥れています。
旧鼠(1996)

2007年のアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第5期でも、猛毒や病原菌を持つぬらりひょんの部下として登場しており、腰蓑を着けた♂の妖怪です。
旧鼠(2007)

また、京極夏彦の小説『前巷説百物語』(2007)「旧鼠」では、弱い立場の者に悪事をさせる姿なき首領・稲荷坂の祇右衛門を「猫王」、小股潜りの又市を「旧鼠」に準えて、「敵である猫の仔を育てる義理堅い旧鼠」が「窮鼠却って猫を噛む」ことができるのか?、といった物語になっています。妖怪は登場しませんが、『巷説百物語』シリーズの実質的な最終作として、小股潜りの又市誕生の秘密が語られる良作となっています

更に、椎橋寛の漫画『ぬらりひょんの孫』(2008)では、ご存知「イケメンホストの星矢くん」の皮を被った、「猫を喰う鼠」、旧鼠組組長として登場します。
旧鼠(No.1ホスト星矢くん)
「イケメンホスト」(自称)なので、性別は男(♂)です。「猫を喰う」の本当の意味を体現する貴重な存在ですが、奴良組3代目・奴良リクオの明鏡止水に焼き殺されています。

以上のように、江戸時代から現代まで「旧鼠」という妖怪について研究し、妖怪系統図を作成しました。
【妖怪系統図】旧鼠_111023

今回のように資料が少ない妖怪について調べるのにも、足掛け1ヶ月はかかっています。
旧鼠の絵解きは、現在他の研究者の記事が無いようなので、恐らく独自の研究成果になっています
京極夏彦先生や多田克己先生、村上健司先生に負けないように(志は高く)これからも妖怪研究を続けます


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(2008/08/04)
椎橋 寛

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テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー
ジャンル :

【妖怪系統図】ぬらりひょん【第1回】

こんにちは、GWは滋賀県比叡山に行く予定が、療養中の為近所の金比羅山に登った霹靂火です

さて、休職中に自分の好きな研究に没頭して自信を取り戻そうとしていたのですが、
ようやくブログに記事が書ける程度に回復してきました。
皆さん、霹靂火はどっこい生きていますよ~

もう少し安定してきたら、薬を減らしながら職場に戻ります

近況はこのへんにして、タイトルにある、「妖怪系統図」について書いていきます。
療養中に、自分の妖怪研究について自問していて、
一時は(妖怪なんて本当は居なくて、自分は頭がオカシイのでは)などと悩み苦しんでいました。
(物理的に居る・居ないの話は置いといてください
そこで、我が心の師・京極夏彦先生の『今昔続百鬼―雲』や、『豆腐小僧双六道中ふりだし』などを読んだり、映画『豆富小僧』を観たりして、「妖怪とは何か?」という根本的なテーマに立ち返ってみました。

すると、子供の頃に遭った妖怪現象たちを思い出しました。
築70年以上の小学校にはトイレの花子さんが居たし、
小学2年の時に見えない手に背中を押されて交通事故を免れました。
2009年に五島を訪れた際にはガータロの足音を聞きました。

これらは、確かに自分の身に起こった出来事であり、
勘違いや気の所為である可能性も残しつつも、体験者にとっては「事実」として記憶されています。
記憶を書物や日記、ブログ等に書き記し、他者と共有できる状態にした時点で、それは記憶から「記録」となります。
つまり、「曖昧な出来事」から「明文化された記録」として残るのです。

「記録」されたものは、後の時代になって読み返すことができます。
それを読んだ場合、何かしらの影響を受けて「記録」は伝えられますが、まるごと転載する場合でさえ、(意識・無意識に拘らず)編集者の意図が加わり、変質・変容していきます。
その変遷は、通常は一般の方の目の届かないところで行なわれ、気付かないうちに変容を繰り返している場合が多々あります。
それにより、妖怪は多種多様な属性や名前・姿を獲得し、種類を増しているのですが、一つとして「間違いの記録」というものはありません。正確には、誤植や誤記などは往々にしてあるのですが、「一般的にはAとされるが、本来はB」というのではなく、「本来Bだったものが、Aが一般的とされるようになった」ということです。
妖怪は動植物とは異なり「概念」のみの存在なので、姿形はもとより名前や時代、性質に到るまでありとあらゆる属性が変容し得る為、分類学の手法より歴史学の手法に近い「系統図」を記し、その変遷を追ってみてはどうかという結論に達したのです。

主だった妖怪について、有史以来の変遷を図にまとめ「妖怪系統図」と名付けることで、妖怪の多様性について理解が深められると考えています。

さて、前置きが長くなりましたが、第1回は「ぬらりひょん」です。
ぬらりひょん

妖怪の総大将として知られるぬらりひょんですが、総大将としてデビューしたのは1929(昭和4)年のことです。当時は鳥山石燕の絵のイメージから「怪物の親玉」と記されているだけで、昭和の児童書にはこのイメージが踏襲されていきましたが、あまり一般的ではありませんでした。それに、鳥山石燕の絵は「ぬうりひょん」であり、「ぬらりひょん」とは岡山県備讃灘の海坊主の名前であり、既に混同されています。
総大将としての確固たる地位を築いたのは意外にも最近で、1985(昭和60)年のアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第4話「妖怪ぬらりひょん」からです。
ここで初めて「先祖代々鬼太郎の宿敵」という設定が追加され、奇しくも鬼太郎と共に妖怪ブームの中で「妖怪の総大将」像が定着しました。

それに対するオマージュとして、2008(平成21)年に漫画『ぬらりひょんの孫』が連載開始します。
関東任侠妖怪の総元締である奴良組の総大将として悠然と登場し、21世紀の妖怪ブームに乗って再び総大将として返り咲きます。
奴良組総大将


ここで、同じ妖怪ブームの最中、少々波に乗り損ねた感のある漫画『妖怪のお医者さん』#80「妖怪の総大将」において、「ぬうりひょん」という青年姿の妖怪として登場します。この漫画は現代社会に人間に紛れて生活する妖怪との共生が主題の少年漫画なので、主人公の恋敵である「ぬうりひょん」も当然カッコよく描かれています。名前が鳥山石燕の「ぬうりひょん」に戻っていることに注目です。
ぬうりひょん

以上の内容を伝承の時代順に並べ、変遷を「妖怪系統図」としてまとめたものが下図です。
【妖怪系統図】ぬらりひょん_110814

現代では「ぬらりひょん」としてよく知られる妖怪も、実は海坊主の「ぬらりひょん」との混同や絵のイメージによる性質の追加、原点回帰を目指す分岐などの歴史を持つことが判りますね

今後は、こういった感じで文献の検索と並行して「妖怪系統図」の作成も行ない、視覚的に解りやすい研究成果を目指して活動していきます。




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