【画図百鬼夜行】THE NIGHT REVELS OF MYRIADS OF DEMONS of Sekien Toriyama(鳥山石燕)

こんばんは、『画図百鬼夜行』(1968)の電子化を行なっている霹靂火です

この本には、他書にはない英文による『画図百鬼夜行』の解説が書いてあります。
非常に興味深いのですが、現在は入手困難な古書なので、英文をここで紹介したいと思います。

THE NIGHT REVELS OF MYRIADS OF DEMONS
              of
          Sekien Toriyama(鳥山石燕)


 Sekien Toriyama (1712~1788) was a Ukiyoe painter who was born in Edo and spent his entire life there. Sekien belonged to the Kano(狩野) school and he studied with Gyokuen Kano(狩野玉燕) ans Chikanobu Kano(狩野周信). His paintings, however, have more of an Ukiyoe flavor. He pubished several collections of his paintings. The most famous one among them is the Hyakki-yagyo “The Night Revels of Myriads of Demons”. It consists of nine volumes in three sections and contains 154 pictures of demons.
 The original meaning of the Japanese term Hyakki-yagyo is the procession of hundreds of demons going forth at night, but later the term come to mean simply the night revels of demons. It has been said for a long time that there were people who had the chance of seeing the procession of the night-demons.
 Tsunetaka Tosa(土佐経隆) and Mitsunobu Tosa(土佐光信) painted scrolls of the night-demons. They tell a kind of story of hundreds of demons being mischievous throughout the night till the coming of the dawn when the demons vanish in the light of the morning sun. Sekien used the same title Hyakki-yagyo, but his book does not tell a story of any sort but is simply a collection of pictures of demons. To be sure, we can see some evidence of the former use of the story-type arrangement since he put the pictures of the sun rise and the hidden village at the end.
 Ki(鬼) in hyakki means demon and is a Chinese term which the Shuo-wên chieh-tzŭ(説文解字) explains as indicating the soul of the dead. However, here it does not mean just the soul of the dead. The demons of Buddhism include the demons associated with Yama, the Judge of Hell, and other general ones. All are included in one category called Oni in Japanese, the same character as Ki.
 In the former scrolls depicting the night-demons, the names of the demons were not given, but Sekien tells us their names. In the scrolls, the motifs of the demons were mainly based on the tools and utensils of the household, but Sekien's demons are taken more form animals, mountains, fields, trees, grasses, rivers, the ocean, and the weather. This must indicate something of the changes in Japanese ideas of goblins or demons. From the Heian period to the Muromachi period, most of the goblins were associated with Tengu(天狗), foxes, and utensils. But in the Edo period, ghosts of people, foxes, raccoons, snakes, and cats, as well as some purely imaginary ones, begin to appear. At the same time the general appearance of these ghosts and goblins becomes increasingly fearful and their main purpose comes to be that of evoking fear in people.
 Sekien creates his own world of demons based on many traditional ideas of goblins, an approach which is different from most of the novels and plays of his contemporaries who tried to give reality to goblins by describing them as very fearful and cruel creatures. Sekien's pictures of demons, on the contrary, are poetic, imaginative, and free. Often we can look at them with smiles, at their almost graceful and humorous appearance. His goblins are quite artistic. Even though they are demons, they are not irritating city types but they have the more healthy feeling-tone of legendary, lyric, and pastoral quietness. This poetic feeling gives a unique significance and value to Sekien's Hyakki-yagyo when we compare it with many other books of the same sort.
 We have to note that not all of the pictures of demons in this book are original creations of Sekien. There are many that Sekien re-created on the Shan hai ching(山海経) and the San ts‘ai t‘u hui(三才図会). However, he did not simply copy them but digested the Chinese idea of goblins and then painted Japanese ones. This is one reason why Sekien did not end up being just an ordinary painter but has special significance in the history of Japanese art.
 Not very many of Sekien's paintings are left so he has not been well known except as a teacher of Utamaro Kitagawa(喜多川歌麿), the most famous Ukiyoe painter of beautiful women. With this publication of the Hyakki-yagyo I hope for a re-evaluation of Sekien.
       Translated by Kashihi Tanaka and Floyd H. Ross


妖怪文化について発信する上で、海外に向けた発信も怠ってはならないと思うのですが、なかなか紹介しきれないのが現状です。
古い文献では海外発信の意識レヴェルが高かったようで、このような文章もあるのですが、本自体が貴重で読めない。。。こういった本末転倒な状況を、少しでも改善できるよう、旧著の電子化を進める霹靂火でした。
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【妖怪研究】人喰刀について

こんばんは。最近アイヌ文化にハマっている霹靂火です

Twitterで、こぐろうさんが「エペタムが少し気になる」と呟かれたので、調べて見ることに。
村上健司の『妖怪事典』では「イペタム」とあり、夏に『萱野茂のアイヌ語辞典』『アイヌの昔話』を調べても「イペタㇺ【ipe-tam】」と載っていたので呟くと、アイヌ語の講師の方から「どの地方でも『食べる』は『イペ』という」とのご指摘を受けました。

更にネットで調べると、「人食刀岩(エペタムシュマ)」という奇岩があり、こちらのサイトで原典らしき書籍が判りました。
人食刀岩(エペタムシュマ)
人食刀岩(エペタムシュマ)

参考 『北海道伝説集~アイヌ編』(更科源蔵)

という事で、早速古書を取り寄せて読んでみると、次の4話が収録されていました。

道南・道西地方
 54「穂別の人喰刀」
 69「沙流川上流の人喰刀(エペタム)」

道東地方
 84「人食刀」

道北地方
 48「神居村の人食刀岩(エペタムシュマ)」


各話のあらすじは、次の通りです。

【穂別の人喰刀】
昔ペップトコタンでは人喰刀に祈願して野盗を追い返していたが、暫く人を斬らないとカッタカッタと暴れる為、底無し沼に捨ててしまった。再び野盗が来たとき老人が山刀の目釘を抜いて鳴らすと、野盗は人喰刀と思い逃げ去った。沼は明治31年の洪水で失くなった。


【沙流川上流の人喰刀】
昔強力な十勝アイヌがヤオチの砦に迫った。剛胆な老婆が目釘の緩んだ古い鉈を振ってカタカタと鳴らすと、十勝アイヌは妖刀と思って逃げ出し、砦に戻ろうとした男達に毒矢で射られ、ルエップキで斃れた。妖刀はその後幌去のタンネサラの中のチスエトウに捨てたという。


【人食刀】
大昔、一人の男の所へ大勢の敵が攻めて来た。男が目釘の折れたタシロ(山刀)を持って踊ると、カッタカッタと音を発てたので人食刀が人を食いたくなって鳴り出したと思い、敵は逃げてしまった。人食刀は自分の方へ刃を向けて抜くと、自分の身体が切れてしまう恐ろしい刀だ。


【神居村の人食刀岩(エペタムシュマ)】
昔、上川アイヌの酋長の家に吊り下げられた名刀の包が妖光を発し、夜に部落の家々へ飛んで行き家人が切られて死ぬ事件が起きた。妖刀は捨てても戻って来たが、ある夜、神が現れて底無し沼の辺りの巨岩に祭壇を作るよう告げた。
その通りにすると、巨岩が両方に裂け、山の神の使者であるエコンノンノ(えぞいたち)が現れて、胡桃の実を一つ咥えて来てアサムトオ(底なし沼)にそれを落とすと沼に小波が立ち、酋長が神憑ったように妖刀を捧げて言った。

「この刀が部落にあってはアイヌが亡びてしまう。アイヌの為に魔刀を水神であるあなたに預けるから、しっかりと預って頂きたい。もし願いを聞き入れて下さるなら、刀を投げ入れたら、今風もないのに沼に立っている波を消して誓って下さい」

そう言って刀を投げ入れると沼の小波が静まり、小波と思っていたのは何百もの小さな蛇が蠢いていたのだった。それ以来、妖刀は部落へ戻らなかったという。
この祭壇を作った岩をエペタムシュマ(人を食う刀の岩)といい、現在神居村台場ヶ原と忠別太の境(旭川鷹栖ICからバイパスを南下し、近文大橋を渡ってすぐの信号を右折してまもなくの神社から見える)にある刀の形をした大岩である。

また、ある老人が2振のエペタムを持っていた。物を食べさせないと騒ぐので、刀の函の中に石を6本入れると「キリキリ」と音を発てて食べた。このままでは自分も食われると思って底無し沼に納めると、沼の脇に2本の刀形の岩が水底から立つようになった。

尚、『アイヌの昔話』に転載されているのは「穂別の人喰刀」です。
また、こぐろうさんは草凪とんぼの漫画『鏡野町のカグヤ』を以前紹介しており、そこで「エペタム」という刀が登場しています。

エペタム

「エペタム」
アイヌ民族の伝承にある人喰い刀

敵はこの刀の音を聞くだけで逃げ出すという
しかし じつは敵味方かまわず斬り殺す恐怖の妖刀

石をエサにしてこのあとどうするんだっけ…?
そこまでは思い出せない


と言って、エペタムを沼にドボンと投げ込んでいます。

沼の水面に小蛇がしゃああああと蠢いているので、これは明らかに「神居村の人食刀岩」に基づく描写です。
このエペタムは、作中では人食刀岩にはなりませんが、「エペタム」という表記が用いられるのは『北海道伝説集~アイヌ篇』だけなので、間違いありません。

それでは、エペタムについて解ったことを整理しましょう。

場所:穂別、沙流川上流、神居古潭
系統:①敵に襲われるが人食刀を持っていないので目釘の折れた山刀(鉈)で誤魔化す。
    ②底無し沼に人食刀を沈めると人食刀岩になった。
対処法:底無し沼に沈める。

結論:独りでにカタカタ鳴る刃物は、底無し沼に沈めましょう!

。。。という事で、アイヌのソード・ビーイング(生きている刀)、「人喰刀(エペタム)」についての考察でした。


妖怪事典妖怪事典
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『図説 日本民俗学全集』入手!!

こんばんは、現実で人と接するのはまだ少しキツイですが、TwitterではTLが爆発中の霹靂火です

今日は、久しぶりに古本屋巡りをしました。
最初はアーケードの近くにある店に行きましたが、思うような資料はありませんでした。

そこで、普段は行かない古本屋を、記憶を頼りに探すことに。
店内を物色店内で物色していると、店のご主人の居るブースに現在TLで話題の『図説 日本民俗学全集』3を発見!

「すみません、その本を見てもいいですか?」と話しかけると、
「これならセット本もあるよ」との事!!
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まさかの急展開。
ご主人に値段を訊くと、「1冊2000円だから、4冊で8000円ね」

財布には。。。7000円しかないorz
しかし、所持金が少ないことを告げると、「じゃあ、7000円でもいいよ」と値下げ。

吸い寄せられるように古本屋に向かい、重い本を4冊も衝動買い。。。これは、妖怪の仕業に違いありません。
まあ、真面目な話、本書は長崎大学にも県立・市立図書館にもない貴重な資料なので、無駄にはなりません。
水木御大の元絵も多数載っておりますので、興味のある方は是非お買い求め下さい。

ここで買えそうです。


図説日本民俗学全集〈3〉民間信仰・妖怪・風俗・生活編 (1971年)図説日本民俗学全集〈3〉民間信仰・妖怪・風俗・生活編 (1971年)
(1971)
藤沢 衛彦

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【妖怪研究】野衾について

こんばんは、水木絵の「人面瘡」の元絵を見つけて上機嫌の霹靂火です
(「人面瘡」は『石山寺縁起絵巻』巻二の八紙)
人面瘡
人面瘡

石山寺縁起絵巻
『石山寺縁起絵巻』

さて、今回のテーマは「野衾(のぶすま)」です。
鳥山石燕の画集『今昔画図続百鬼 巻之下―明』に描かれています。
野衾

梁簀(やなす)がある川辺にオモダカが咲き、岩にキヅタが生えています。
上空には2羽のカッコウが飛び、それをモモンガのような野衾が追い掛けています。
解説は次の通り。

野衾は[鼠吾](むさゝび)の事なり。形蝙蝠に似て、毛生ひて翅(つばさ)も即肉なり。四の足あれども短く爪長くして、木(こ)の実をも喰(くら)ひ、又は火焔をもくへり。

最初の二文は、『和漢三才図会』の引用です。

『和漢三才図会』巻第四十二「[田田田鳥]鼠(むささび、もみ、のぶすま、ももが)」では、『本草綱目』禽部、原禽類、「[田田田 鳥]鼠」を引いて次のようにあります。
ももんが_和漢三才図会

[田田田 鳥]鼠は状は蝙蝠に似ていて大きさは鴟鳶(きじとび)ぐらいで、肉翅、四足がある。翅、尾、項も脇毛もみな紫赤色、背上は蒼く、腹の下は黄色、喙(くちばし)、頷(あご)は雑白色。脚は短く爪は長い。尾の長さは三尺ぐらいである。翅が四足および尾と連なっているのは蝠(こうもり)と同じ。尾によって飛び、子を哺乳する。子は母の後につき、鳴き声は人が呼んでいるようである。火烟を食べ、よく高処から低処へ赴くが、低処から高処へ上ることはできない。夜によく鳴く。その皮毛をとって産婦に与え、産婦は出産のときこれを持てば子供は生まれ易い、と。〔むささびはよく飛び、またよく産む。それでその皮に寝て、その爪を懐に入れておけば、よく生気を催す。〕『荀子』(勧学篇)に、[鼠吾]鼠には五技があるがみな行きづまる、とある。いわく、能く飛ぶけれども、屋に上ることができない。よく木に登るけれども、木を窮めることができない。よく遊ぶけれども、谷を渡ることができない。よく穴をほるけれども、身を隠すことができない。よく走るけれども、人の前を走ることができない。多くの技を持っているけれども、みな限界があるのである、とある。〔[鼠吾]鼠と螻蛄(ろうこ おけら)とはどちらも五技があって一つも役立たないことで名を同じくする。〕
肉味〔微温で毒がある〕。
 〔夫木〕むささびの声遠近(をちこち)の山もとに里とほげなる森の一村  信実
△思うに、[鼠吾]鼠は地に肉翅を拡げると、氈衾(けおりのふすま 夜具)のようである。俗に野衾(のぶすま)という。関東では毛毛加(ももが)という。西国では板折敷(いたおしき)という。


しかし、解説の後半は石燕得意の絵解きに掛かります。
まず、「ムササビ」と混同された「ももんが」は、その形態から「多毛な女性器」の隠語であり、多毛は多情という俗信にも繋がります。
「足」とは「情夫」の隠語であり、「爪が長い」とは「欲が深い」事を意味する。
「木の実(このみ)」は「好み」と表せる。「喰う」とは「肉体関係を持つ」の隠語です。
「火焔(かえん)」は「家縁」と表せば、親類縁者とまで関係を持つ、多情な未亡人の隠喩であることが判ります。
何故「未亡人」かといえば、背景の「梁簀」の別名が「嫠婦(やもめ)の苟(うけ 漁具)」だからです。
「苟」を「受」と表せば、「評判」になります。即ち「評判のいい未亡人

さて、『和漢三才図会』で引いているのは『荀子』巻第一 勧学篇第一です。
『詩経』魏風「碩鼠(せきそ)」と曹風「[尸鳥]鳩(しきゅう)」からの引用で、次のようにあります。

騰蛇は足なきも而も飛び、[鼠石]鼠は五技あるも而も窮す。詩に曰わく、尸鳩(しきゅう)桑に在り、其の子七つ、淑人君子は其の儀一なり。

「尸鳩」とは「カッコウ」の事で、古名を「ふふどり(布穀鳥)」といいます。これは「夫婦鳥」に掛かっており、未亡人の次の標的は妻帯者なのだと判ります。
「ふふどり」は並んで飛んでいますが、「比翼の鳥」とは「仲睦まじい夫婦」の象徴です。

また、川辺に生えるオモダカは「面高」と表し、未亡人には後ろ暗い様子はなく、堂々と関係を持っているようです。
オモダカ
オモダカ

2011.11.13追記
---
「オモタカ」とは「鳶(トビ)」の異称で、野衾の目には鳶のような猛禽類を思わせる隈取があります。
「鳶目(えんもく)」とは「(他人の欠点などの)よく見える目」を表し、「鳶に油揚げをさらわれる」とは「大切なものを横取りされる」という諺です。
鳶(トビ、トンビ)
鳶(トビ、トンビ)
---


岩に生えるキヅタ(木蔦)の「蔦」は、仏教では煩悩の象徴です。
キヅタ
キヅタ

以上より、「野衾」は一見すると単に「むささび」か「ももんが」を基にした妖怪画ですが、「多くの情夫と関係を持つ、多情な未亡人」を表していると考えられます。

江戸時代の絵解きには、狂歌などの掛詞が多く用いられ、額面通りに捉えると何の変哲もない「お化けの絵」なのに、(当時の人々には共感が得易い)絵解きを行なうことで、実は「風刺画」である場合が多々あります。


石山寺縁起 (日本の絵巻)石山寺縁起 (日本の絵巻)
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【妖怪研究】水木御大の元絵さがし【その1】

こんばんは、昨日は殆ど寝ていない霹靂火です

Twitter上で、水木御大の元ネタ探しが流行っている(?)みたいです。
眠れないついでに、徹夜明けの変なテンションのまま市立図書館へ。
『日本妖怪大事典』、『百鬼繚乱』、『大江戸怪奇画帖』、『妖怪百景』シリーズ等々、気付けば10冊以上の画集を抱えて作業開始!

夏頃に一回ハマって20種くらい見当をつけていましたが、どうせならExcelに纏めておこうと思って、調べ直しました(^_^;)

水木絵の日本妖怪は殆ど見たことがありますが、うろ覚えの記憶を辿る為にポケットPCで『世界妖怪遺産』を見ながら進めます。
。。。しかし、寝不足による体力消耗も重なり(言い訳)、思うように作業が捗りません

判ったのは、せいぜいこの程度。。。修行が足りませんorz
水木絵元ネタ_111026

しかも、背景がつむじ風の「雷神」や躍動感溢れる「崇徳院」など、見覚えがあるのに『世界妖怪遺産』に収録されていない絵もあるので困ります
雷神 元絵?
2011.10.27追記
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「雷神」ではなく、水木絵のタイトルは「夜叉」でした(^_^;)
夜叉(中国妖怪)
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崇徳院 元絵?

『水木しげるの妖怪伝大画集』(1998)も参考にしながら、引き続き調査しますm(_ _)m

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追伸:もっと凄い御仁が居るので、詳しく知りたい方はそちらへどうぞ。
http://raira314.web.fc2.com/mizukimotoe.html

こちらも役立ちます。
【2ちゃんねる】 水木しげる・佐藤有文・中岡俊哉…捏造妖怪暴露

高望みせず、私は地道に事典の編纂を続けます。

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